曹操来了!

人は絶望したとき、最も輝いていたころの自分を思い出し、前に進もうとする。輝け、青春!

◆大学入試全般

受験生、追い込み!

「やろうと思えば出来るんだ。けど、やろうと思わないだけ。」

いや。こういうことを平然と口にする人間には絶対に出来ないよ。
偉そうに幼稚な屁理屈を言って笑い飛ばそうとするだけ。
こういうことをいう人間の将来は決まっている。

ただの使用人。

「俺だけじゃなく、誰だってなろうと思えば金持ちになれる。けど、なろうと思わないだけ。」

恥ずかしくないのか?
…って、恥ずかしくないから口にするんだろうね。

「俺だっていざとなれば!」

全く相手にするつもりはない。現実を教えるだけ。
今、この現実。
君はやろうとしない。やってこなかった。だから、今、何も出来ない。

こういうのを「無能」っていうんだけどね。
もちろん、自分では何とも感じていないんだろう。

どうあがいても、時間を伸ばすことなんてできないよ。
明日、試験だというのに、これまで何もしてこなかったのをどうかしようとしても無理。
何とも出来ない。

「やろうと思えば出来るんだ!」

うだうだ言う前にやれよ。

悪質なネット会社や、進学サイトじゃないから、こっちは出鱈目なこと言わないよ。
だって、恨まれるだけでしょ?




本当の幸せを探そう!

 皆さんは、なぜこの世に生を受けたのか考えたことがありますか?
 また、人生の目標とは何か、考えたことがありますか?
 それは全て「幸せになるために生まれてきた」ということです。
 しかし、その幸せは人によって基準が異なるため、人生について難しくさせてしまっています。
 そこで、まずはこの「幸せ」とは何かについて考えたいと思います。

 「幸せな時ってどんな時?」と学生たちに聞くと、いろいろな言葉が返ってきます。
 寝ている時。ゲームしている時。美味しいものを食べた時。ディズニーランドにいる時。USJにいる時。カラオケにいる時。温泉に使っている時。友達と一緒にいる時。等々…。いろいろな幸せがあります。
 けど、これらの幸せをよくよく見てみると、すべて「欲望を満たしたときに感じる幸せ」であることに気がつきます。

 このような幸せを、倫理学では「快」と呼んでいます。
 この「快」とは、果たして幸せと言えるのでしょうか?

 もちろん、「快」も幸せを感じる瞬間です。「欲望実現による幸福」感です。しかし、私たちは、これを幸せと呼ぶのに躊躇ったり、もっと他に違う幸せがあるということを何となく理解しています。実は、その何となく理解している方の幸せこそが、本当の幸せなのです。
 所詮、「欲望実現による幸福」なんてのはすぐに忘れてしまいます。そして、欲望にはきりがありません。ですので、常に満たされぬ欲望のためイライラし、欲望の奴隷となって人生を振り回されています。
 そのような状態を「幸せ」と呼べるのでしょうか?



 最も欲望の強い人種を考えてみると、「泥棒」という職業が思い浮かびます。なぜなら、他人の財産を盗んでまで自分の欲望を満たそうとする人たちですから。
 私が子どもの頃、ある泥棒がいました。
 その泥棒は、仲間と一緒に大金庫から身体が埋まるほどの札束を盗んだのですが、その札束がなんと!偽札だったのです。そのことに気がついた泥棒たちは、頭に来て偽札の本拠地へと乗り込みます。
 ところが、道端で車のタイヤがパンクし、エンコしているところへ、車で逃げる少女と謎の男たちと出くわします。それを目撃した泥棒はとっさに彼らを追跡しました。
 スケベな「おじさま」は、欲望によって可愛らしい美少女を、ケダモノのような男たちから救おうと、面白半分で追跡し、一度は少女を助けました。しかし、結局は、その少女は男たちにつかまってしまいます。
 少女が逃げた後、少女の残した手袋と一緒に指輪を手に入れます。
 実は、その指輪こそが古来から隠されている巨大な財宝のありかを示す手がかりだったのです。

 その巨大な財宝を狙って、泥棒たちが活躍します。
 しかし、実はその財宝を狙っていたのは泥棒たちだけではありませんでした。少女を拉致し、無理やり結婚しようとしている「色と欲の伯爵」も財宝目当てだったのです。
 財宝をめぐる戦いは、少女をめぐって激しくなっていきます。

 しかし、いつのまにか…財宝を狙っていた泥棒たちの心に変化が起きてきます。
 自分たちは財宝を狙っていたのに、いつの間にか、その少女のために、命がけで戦っていたのです!
 泥棒だけではありません。その泥棒の仲間である女スパイや、その泥棒たちを追いかけるインターポールの警察官たちまでが少女のために戦います!

 そして…
 ついに色と欲の伯爵は死に、少女は緑の野に放たれます。
 財宝を求めていた泥棒たちは、結局、何も盗らずに少女の前から去ります。

 財宝なんて要らない。
 欲で動いていた泥棒たちは、とてつもなく満たされるものを手に入れていたのです。




 色と欲にまみれて暮らす幸せもあります。今の日本社会、全体が「色と欲」が正義になっています。
 見境なく金を求める大人たち。
 倫理もへったくれもなく、ただただ金儲けに走るブラック企業や大企業。
 「色と欲」が支配する日本社会です。
 そんな社会では、お金を稼ぐことが正義となり、お金を使うことで「快」を手に入れ、ひと時の幸福感を味わうしかありません。常にお金に困り、金に振り回される欲望の奴隷では、夢なんて抱くことすら出来ないでしょう。

 けど、人生、この泥棒たちがやったみたいな生き方もあるんです。
 大切なものを救い、大切なものを守ろうとする人生。
 色と欲にまみれた人生と比べて、どちらが輝きを放つと思いますか?

 泥棒になれと言ってるのではありません。この世界には、「色と欲」を超えた幸福が存在し、それこそが「真の幸福」だと言いたいのです。その幸福は大勢の心を打ち、一生忘れえぬ幸せとなり、どんな困難に陥った時でも、思い出すだけで心が満たされる、最高の宝物になるでしょう。


 「ルパンを追え!地の果てまで追うんだ!!」


 素敵な幸福を探しましょう!!



ルパン三世 カリオストロの城 [DVD]
ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
2014-08-06




志望理由書の書き方

 大学の特別選抜入試やAO入試、はたまた高校入試でも必要になる場合がある「志望理由書」。
 その書き方を、私のサイトでずっと指導してきた。
 それが、最近では、いろいろなサイトでアップするようになったものだから、薄っぺらい「志望理由書の書き方』なるものが流行っているようだ。

 はたして、そんな業者サイトのアドバイスで、立派な志望理由書が書けると思うだろうか。


 志望理由書って、知育じゃない。徳育だよ!

 こんな話しをすると、知育?徳育?なんじゃ、そりゃ!
 って反応が返ってくる。

 それもそのはず。
 それまでずっと「学校」という場所に通わされ、「教育」という奴を受けてきたにもかかわらず、こんな言葉、誰も教えてくれないからね。

 知育だの徳育だのって、これって「教育」のことなの。


 「教育」って何?っていうと、日本では教育基本法ってやつで定められている「人格の完成」を目指すのが教育だ。それを前提に学校では教育が行われている。その「人格の完成」を目指すために行われるのが知育であり徳育なんだ。

 知育とは、文字どおり、知識を育てること。これはいわゆる教科、科目によるお勉強だよね。
 そして、徳育とは、生徒の人間性を育てること。
 ここまで書けば分ると思うけど、一応あと、体育ってのがあってこれは身体を作ること。さらに最近では、これら知育・徳育・体育を支えるために食育ってのも出て来た。それだけ食事がおろそかに扱われているからね。

 そう。

 志望理由書って、それまで受けて来た学校教育の中の「徳育」の面を評価する書類。

 こんなもん、学習塾や予備校、受験業者なんぞの指導ごときでどうこうなるもんじゃないだろ(爆笑)?

 騙されるな、受験生諸君!!









東京大学 推薦入試

ブログネタ
大学受験(特別入試) に参加中!
東京大学の推薦入試の合格者発表が行われた。

》 東京大学 初の推薦入試 77人が合格


これまで、私の指導ネタとして

「実は、東京大学にも推薦入試があるんだよ!ただし、毎年、募集人数が0人だけどね(笑)!」

などと言いながら、東大のパンフレットに載っている『募集人数一覧表』を見せながら話していたが、今年は、その募集人数が100人前後で、77人が合格したそうだ。
それに対し、早速、ハイエナと呼ばれる受験業界がたかってきて、早速、ウチの○○から○人合格した!などと声高に宣伝している。中には、予備校の『小手先のテクニック』を得ただけで合格できる欠陥入試だなどと喚き散らす『精神病患者』すら現れる状況だ。

はっきりと宣言しておくけど、こんな予備校のくだらん宣伝を真に受けるような『頭の悪い受験生』は、どんなに努力しても、無駄だよ。努力さえすれば高学歴を手にすることができるシステムだけど、高学歴が幸福な人生を呼んでくれるなんて根拠は全くないし、高学歴者の惨めな人生をしっかりと見つめる勇気の方が必要とされる!
幸福な人生なんて、偏差値への執念や努力では何も出来ないから。

…で、特別選抜入試やらAO入試やらを、それなりに指導したことのある人間なら、これら東京大学の推薦入試に対する受験業界の反応の中身について簡単に分るはず。

その予備校に通ったから合格できたのではなく、もともと合格できる素質が、その受験生個人にあっただけ、ということで、それが『推薦入試』なり『AO入試』の常識だ。

もちろん!
適当におりこうさんを演じれば合格できる高校入試ならいざ知らず、
BF大学の、名前を書けば合格できるような、定員充足率の低い『いらっしゃいませ大学』の推薦入試・AO入試ならいざ知らず、
まともな大学のまともな推薦入試・AO入試では、小手先のテクニックなんぞ全く通用しない。
これで合格できると思い込んでいる人間がいたら、救いようのない馬鹿だ。

安物のブタ肉を使って高級料理を作ることはまず難しく、それが傷んでいようものなら難しいどころか不可能で、高級ブタ肉なら、料理人が手を加えずとも高級料理となり、料理人の仕事は、食材を壊さずに『盛り付け』ることくらいだ。
つまり、合格した受験生自身に『何か』が無ければ、パスできるほど甘くないんだよ(嘲笑)!

…って、かくいう私自身、予備校の人間だから、予備校ではもちろん『大人の都合』で、○○予備校の実績です!と、間抜け面して話すだろうけど、本気でそう思い込んでいるのは、上から圧力掛けられるほど能力のないテンパってる社員くらいだからね。


受験生諸君!!
ネットで出回ってるペテンを真に受けないように!!






芸術系

あっとういうまに六月です。
…って、みんながみんな使う言葉ですが、本当に六月ですね。

「先生」って職業は、死ぬまで勉強、精進の繰り返しだって言われてて、別に好きでも嫌いでもなくそのとおりしていて、ここ数年は某大学の通信課程で教育学を真剣に”やってます(笑)。
その中で、芸術と生活って講座をとったんだけど、はじめ少し読んでいやになったテキストを、最近では真面目に読んでいます。

で、

すごい!!

うん。

この歳になって学ぶことで思い知るのは、なんといっても、なんとなく理解していたことが形になって頭の中に完成するってこと。
特に、この芸術ジャンルはそうだった。

私はいささか絵を描いたりしていて、美術系進学希望の学生に、偉そうな進学指導をしたりしている。
その時、受験生は口々に私の絵を褒めてくれるが、その時、繰り返し言ってきた言葉。

「一見、上手そうに見える絵でも、これは目で見たものを真似たものだ。本気で美術の道へ進もうと思うなら、こんなんじゃダメ。しっかりと勉強しないと!」

そう。
なんとなく感じていて、受験生に言っていたことが、この「芸術と生活」って講座ではしっかりと私に教えてくれた。

無から「作品」を創る術を、自分は身に着けてこなかったことを思い知らされた。
無から「作品」を創る術なら、若い受験生たちの方が遥かに身についている。
私に出来ることは、そんな受験生を応援し、背中を押すくらい。


がんばれ、受験生!
応援してるぜ!!



もう夏だね。




パトリシア

曹操

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