大学で教育学を学んだ時、教職について衝撃的なことを学んだ。
それは、義務教育機関というのは、教育機関であるということだ。

そんなこと当たり前?
そのとおり。
当たり前のことだけど、その意味が分からなかった。

義務教育機関というのは教育機関だ。
だから、そこで起こる出来事は全て教育の一環であるということ。

例えばクラス替え。
クラスが変わってクラスメイトが変わる。
時には、好きで好きでしょうがない異性と同じクラスになれて喜ぶこともあれば、同じクラスになれず涙することもある。また、その逆、嫌な奴とも同じクラスになることもある。これら全て教育の一環なんだ。

好きな異性と同じクラスになれなかった。
嫌な奴と同じクラスになった。
これら全て教育の一環なのだから、その状況で学校生活を送らねばならない。
嫌な奴でも、クラスメイトになったのだから、我慢して仲良くしなければならない。これが教育だ。社会に出ればこういうことはいくらでも存在し、その時に備えて教育するのが義務教育機関だ。学問なんかする場なんかじゃない。ただただ社会に出てから起こりうる『万が一』に備えるのが教育機関。
恋愛だってそうだ。
好きな子と同じクラスになれなかったからと言って、その状況が受け入れられないようなら、将来、ストーカーにでもなるしかない。
義務教育機関の教職員は、普通、頭の悪い連中だから、意味も分からず『最後まであきらめるな!』『夢は必ず実現する!』と喚き散らし、「分かりました!」と、最後まであきらめずに好きな相手のお尻を追いかけ続ける。夢はいつか必ずかなう、と。

そんな義務教育機関、大学で衝撃を受けたのは、義務教育機関なのだから、教育の一環として我慢しなければならないが、社会に出てからはそんな必要は全くないということだ!
「え!!!!!!!!!?」
本当に衝撃だ。
…って、私が真面目過ぎたのかもしれないが、本当に衝撃。
「嫌な奴とも付き合わなくていいの?」
そう。
社会に出たら『自己決定権』ってのが存在する。
だから、別に嫌な奴と無理に付き合う必要などないのだ。
この話に、衝撃を受けた!!

社会に出たらそういう場面に出くわす?
確かに出くわすよ。でもね、嫌な奴と我慢して付き合う必要なんてないんだ。
会社で嫌な奴の相手にしなければならず、それが嫌なら、会社を辞めればいいんだ!!
生活がかかってるから辞められない?
それも個人の勝手。
生活がかかってて、嫌な奴の相手をせざるを得ない人生を選んだそいつ自身の勝手だ。それをさも運命であるかのように言うが、嫌ならいくらでも他の道を選べたのに、何の努力もせず、ただ欲望の赴くまま腐って生きてきた人生の結果に過ぎない。

そう。
嫌な奴と付き合う必要なんかないの!

私は、義務教育機関卒業後も、この嫌な奴と付き合ってきた。
そう。
義務教育期間ってのは、義務教育、つまり、日本国憲法で権利を制限している数少ない項目だ。この教育を受けなければならない。なもんだから、その教育機関には、素晴らしい人間も、また、人間のクズもやってくる。特に、学区内にスラム街(貧乏人が住む公営団地)などがあれば、集まる児童、生徒は人間のカスばかりになる。

そんなのと付き合ってたら、当然、自分も腐っちゃうよ!
しかも、そこでの出会いが運命であるかのように洗脳されて、卒業後も付き合いを続けたら、人生、終わっちゃうよ!

日本という国は、努力して成功した人間から搾取したものを、口先だけで努力もせず、下半身の都合でダラダラと人生を送ってきた人間に分配するような国だから(って、それが社会福祉なんだけど)!


そう。
義務教育機関で無理やりつき合わされた相手と、卒業後まで我慢して付き合う必要なんかないの!
人間のクズはクズ同士で人生を歩んでいけばいいの!!

大人になった今なら、親たちが私立中学へ進学させたがる気持ちがよく分かるよ。
だって、スラム街がある地域の義務教育機関って、本当に腐りきってるから。
そんなところへ優秀な子どもを行かせたら人生終わり。
優秀でなくとも、引っ込み思案な子どもを行かせたら虐めの餌食!!


さぁ、よくよく考えよう!
嫌な人間と付き合って、人生、台無しにする必要なんかないんだ!
トモダチを選べ、とは、そういうことなんだ!!
クズをクズ呼ばわりすることは決して悪くないんだ!
学校の先生を始め大人たちは無責任に批判するけど、クズは所詮クズだから!
もちろん、個人を公の場でクズ呼ばわりすることは別!けど、クズ呼ばわるすることは悪いことだと思い込まされ、クズと嫌々付き合って人生を台無しにする必要なんてありはしない。人間のカスと付き合うのは即刻やめよう!

うん。
悪影響ばかり与えるような人間とは、すぐに付き合いを止め、自分の人生を考えよう!
人生って、本当にあっという間に過ぎちゃうから!!