あけましておめでとうございます!
本年もよろしくお願い申し上げます。


高度経済成長期ならそれでよかったのかもしれないけど、自分自身のことを考えると言ったら、誰かに評価されるだけの能力ばかり期待するように教育されました。自分には何が出来るのか、と。
けど、今の時代、そんなことではやっていけません。
もちろん、他人様にこき使われるだけの人生を歩むなら他人様に評価されるだけの能力を身に着ければいいことですが、今の時代、こき使われるにしても、何も考えずに言われたことをするだけでは通用しない職業が多くなっています。
もちろん、私が数十年前にやっていた新聞配達のような仕事では、自分がやりたいことなんて関係ないかもしれません。生活のためにやるような仕事なら下手に自分のやりたいことなんか考えては身が持ちません。けど、出来上がった定常型の社会では、自分が何をしたいのか、それを考えなければ本当につまらない人生しか歩めないでしょう。

高校時代、映画を撮っていました。
8丱侫ぅ襯爐了代、わずか3分のフイルムを1本買うだけでも1500円近くしました。
90分の映画なら1500円×30本!
アルバイトでねん出したお金でフイルムを買い、映画を撮っていました。
「将来、映画監督になる」なんて夢は持っていませんでした。
周りからは、映画監督やれ、みたいに言われてましたけど。
でも、やるつもりは全くありませんでした。

偏差値教育では競争を押し付けられます。
そして、結果が出ない努力は意味がないと教えられます。
もちろん、教師をはじめとした偽善的な大人たちは、結果よりも過程が大切だなどと偉そうにきれいごとを言っていましたが、そんなことに騙されるほど、私は頭が悪くなかったのです。

何で映画なんか撮ってたの?

はい。
ただ楽しかったから、です。

人生、楽しんだもの勝ちでしょ?
これを仕事にしたら、本当に苦痛でしかなくなっちゃうよ。

最近の中学生の国語の教科書に、努力しても無駄、みたいな話が出てきます。
野球少年のお話で、監督は自分の父親。
どんなに努力してもレギュラーになれない野球少年。
たまたま予備校の棚にあった教科書をボケ〜って読んだだけですが、忘れちゃってるんですよね。
「楽しい」とか「感動」とかいうものが、その人の背中を押す、ってことを。

日本語学校で卒業パーティーで流す動画をたまたま作ったところ、とても評判がよく、自分自身で言うのもなんですが、すごく気に入った作品になりました。
それで毎年作ってきたんですが、「楽しい」ことが大前提です。
別に、それで給料をもらっているわけでもないし、契約書に「動画つくり」なんて書いてません。
人は「楽しい」から、余計なことをしちゃうんです。
それで「感動」を生み出すことができれば、誰かの背中を押すことになるんですから…。

さぁ、今年は何人の背中を押してあげられるでしょうか。
がんばります!